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2012.01.23 22:25|スポーツ
昨日は終日雨で走れず、明日からは雪が降りそうなので、寒い中を走ってきました。
今日はごっつい冷え込んでいます。
風が冷たく、3枚着ていても、ガンガン寒さが浸透してくるので、自然にハイペース。
今日は火山に登りましたが、参道へ入ると、風がなくなり楽になります。
震えあがっていた体も温まり始め、瑠璃光寺に着く頃には、ジワーッと汗ばむくらい。
名水を一口飲んで、ジャージを脱いで腰に巻き、下山。
今週は雪マークの日が多いので、走れる内に稼ごうと、もうひと往復。
バンバン飛ばして降りたので、相当足に来ましたが、そのまま家まで突っ走る。
1時間40分のラン(1月16:30)。

今月は去年と比べると随分いいペースで走っています。
これからはあまり走れそうもありませんが、月間20時間(≒200Km)はいけそう。
これなら去年より糸島駅伝も速く走れそうなのに、出られないとは…(トホホ)。
駅伝は「むきになる(なれる)」ところが、いいところです。
何しろ団体競技、しっかりタスキをつながなくていけないから、自然と踏ん張ります。
タスキを受け取った瞬間から、前を行く獲物を追い駆ける獣に変身、前のめりになります。
「襷受け獣に変わり前を追う」
その分キツ~イ。
老体にはけっしてよくない。
でもたまにはいい刺激になっていいもんです。


愛ちゃんに続いて、錦織が大活躍。
卓球も、テニスも、相手の居ないところに打ちこんだ方が勝ち。
バレーポールも、野球も、サッカーも、…。
「人の居ぬところへ打った方が勝ち」
「スポーツは意地悪程度競い合い」


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2011.11.21 22:15|スポーツ
昨夜は、睡眠不足と疲れで、日本シリーズを最後まで見ていられませんでした。
2点目が入ったところで、杉内の好投ぶりと、信頼のおける救援陣が揃っていることから、勝利を確信して、寝床に入りました。
そして、今朝起きるなり、ネットで「日本一」を確認、心の中で「バンザ~イ」と叫びました。
8年ぶりの日本一、やってくれましたね。

こちらに越してきてから、ホークスは気にはなっていましたが、ファンと自称できるようになったのは、去年の終盤の追い上げの頃です。
それでも今シーズンは新聞等で快進撃を読む程度で、TVはほとんど見ませんでした。
しかし、CSシリーズ~日本シリーズと進むに連れて、のめり込んでいきました。
もう完璧ホークスファンです。
おかげさまですっかり福岡県民になりきりました。
「県民になりきった鷹日本一」


暫く前から和室の障子に穴が開いていましたが、ある日突然大きくなっていました。
どうやら家内がちょっとしたへまが原因だったようです。
ところがその後、我が家の犬、ジャイアントチワワ、モカがどうもその穴を利用して、出入りするようになってしまったものですから、もう大変です。
穴は段々大きくなるばかりです。
「モカやめろ破れ障子を出入りすな」

このところ急に冷え込んできたため、和室で寝ている娘と孫が寒かろうというので、今日は家内と障子の張り替えをしました。
ところが、1枚目の張り替え作業が終わったところで、ジイジが用事があって外に出ようとしたら、モカが追いかけてきて、なんと障子の上をかけずり回るではありませんか。
せっかく苦労して1枚終わったばかりなのに…。
これにはジイジも怒り心頭です。
「貼りかえた障子を駆ける憎き犬」


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2011.07.18 19:43|スポーツ
今朝は火山越えをしてきました。
瑠璃光寺までは時々行ってますが、山越えは久しぶり。
パラグライダー飛翔台におっかなびっくり上って、携帯でパチリ。
絶景かな、絶景かな。

帰宅してみれば、まだ寝てると思っていた家族がもう起きていました。
どうやら朝っぱらからご近所さんの賑やかな声で起こされてしまったようです。
TVを見ていたので、なでしこジャパンはどうだったと聞けば、優勝したようだとのこと。
やってくれましたね。
快挙です。
バンザ~イ。

「なでしこが海の日の朝名を刻む」
海の日の朝、なでしこジャパンが歴史にその名を刻みました。
今は7月第3月曜日が「海の日」で祝日ですが、昔海運会社に勤めていた頃は、7月20日が「海の記念日」で特別休日でした。

「なでしこがネバギブアップ示したり」
準決勝・決勝と先取点を許しながら、追い付き、追い越す大逆転劇。
決してあきらめちゃあいけないことを示してくれました。

「夏空に大和撫子花開く」
なでしこは、「撫でし子」と語意が通じることから、しばしば子どもや女性にたとえられ、
和歌などに多く参照されていたそうで、『万葉集』に26首も詠まれているそうです。
秋の七草のひとつで、7~10月頃開花します。
大和撫子が夏空に見事に開花してくれたものです。
nadesikoj.jpg nadesko.jpg
2011.05.11 22:13|スポーツ
昨日今日と荒れ模様の天気です。
水不足が深刻化しそうな雲行きでしたし、畑もカラカラでしたので、恵みの雨です。
とはいえ、降るとなったら、ここまでドカンと降らなくてもいいのにという感じです。
さすがに月曜日は疲れがたまっていたのか、日中から眠気を起こしていましたが、
今日はもう体がうずうずしてきました。
雨で走れないので、久しぶりに元気くらぶへ体をいじめに行ってきました。

1時間15分、63セット、気合の入った集中トレーニング。
行く道すがら「Rocky-Ⅳ」のBGMを聞いていたので、モチベーションが上がっていました。
ロッキーがドラゴの環境でトレーニングをしているかのようなつもりです。
ハーハーゼーゼーいってはへたり込み、マシンは汗でべたべたになってしまうくらい、
ハードなトレーニングを、年甲斐もなくやってしまいました。
Rocky4.jpg
「阿蘇へ向けロッキーモードにシフト中」
2011.02.08 22:50|スポーツ
今日はネタがないので、昔書いた雑文(長文です)を載せます。
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リレー随筆;私が走り始めた頃「スポーツ私史」(1997年7月記)

カカア殿下とカラッ風は下野の国、八木節や足利学校で知られる足利市で、私は生まれ育った。18歳にして故郷を後にするまで、スポーツの類はからっきし意気地がなかった。小中学校の運動会・徒競走では、3位以内に入賞した覚えもなく、高校の持久走大会にいたっては300人中なんと270番位、体力テストでは懸垂ゼロ回といった案配で、情けない話だが、ミジメでユーウツな想い出しか浮かんで来ない。運動音痴・体育嫌い・ウドの大木…。いわば、私のスポーツ夜明け前・暗黒時代だった。

受験時代には何故か某大学のボート部に憧れていたが、念願叶わず第2志望で入った所で、ひょんなことから「バーベルクラブ」と称するボディビル同好会に入ることになった。あまり運動神経を必要とせずに、かっこいいスポーツマンの仲間入りができて、夏海に行ったときなどには少しは優越感が味わえるのではという他愛もない思いから、バーベルという冷たい鉄の塊を握ることになった。生まれて初めての東京での一人暮らしは、それまでの自分に訣別を告げるべく、汗臭くむくつけきオトコの世界に飛び込むことから始まった。いよいよ私のスポーツ開幕の時が来た。

練習はきつかった。ウエイトトレーニングはいうに及ばず、体中の筋肉がパンパンに張りきった後での、サーキットトレーニングとランニングは極めつけだった。クラブの性格からして、そんなに走るとは思っていなかったのだが、普段でも2~3Km、時には5~10Km程度のランが、いつもフィニッシュに付いていて、いつもヒーヒーあごを出しながらも、「ファイト・ファイト…」の掛け声の下キャンパス周辺を走っていた。大学時代のランニングで最も強烈に脳裏に焼き付いているのは、夏合宿の中日に行われる山中湖一周である。疲れのピークに行われる、真夏の炎天下の長距離走(春日部市内牧コース程度で今でこそどうということはないが、当時はこれがとてつもない長さだった)は、悪夢以外のなにものでなかった。とにかく、走ることは苦しいばかりで、楽しいという思いはついぞなかった。

軽い気持ちで入り込んだ世界だったが、自分の肉体に顕著な変化が現れるにつれて、意識の方も徐々に変わっていく。体重は75Kg→60Kg→80Kgと大変動、胸囲=胴囲から胸囲-胴囲=40㎝へと拡大、我ながらびっくりするような変身を遂げ、肉体美を求めて練習に没頭するようになる。上級生になる頃にはそれなりのレベルにも達し、パワコン(Power Contest)とボデコン(Body-Building Contest)にも出場するようになった。ただ、ろくな器具のなかった当時、下半身を鍛える練習といえば、Squatくらいしかなく、それがとうとう最後まで好きになれず、パワコンでは Bench Press:Squat=100:150位が普通なのだが、私のベスト記録は125Kg:145Kg程度とひどくアンバランスなもの。またボデコンでも、下半身の相対的なひ弱さから、関東学生大会で入賞に今一歩及ばずの11位がベストと、大成せずに終わってしまった(あー、あの時浅川さん並みの足があったら…)。それでも不思議なもので、体力・肉体に自信が付いてみると、それなりに人間としても、オトコとしても一皮剥けたような気になれたものだった。また、この4年間スポーツにどっぷり浸かったことは、基礎体力が身に付いたという点と、スポーツが病みつきになったという点で、やはりその後の大きな資産になった。<熱中時代>

就職して1年間を過ごした九州では、体力を買われて漸く憧れのオールを握った。この時は、仕事が引けるや貯水池に駆けつけては、学生時代よりも走らされながら、暗くなるまで奴隷船のようなナックルフォーを漕いだ。東京に舞い戻ってきてからも、ジムに通ったり、自分で買った器具で練習したり、週末には戸田で走ったり、漕いだりした。時間も意欲も学生時代とは比ぶべくもないが、やはり一度できた肉体の鎧が衰えるにはいささか抵抗があったし、スポーツで汗を流す快感が忘れられず、縁が切れなかった。結婚してから40代に到るまでも、ウエイトトレーニングとランニングは、途切れそうで途切れずに、細々と続いたが、仕事・酒・煙草・麻雀・子育ての日々の中で、気が向いたらやるようでは、質量共にジリ貧の一途をたどるしかなかった。<中弛み時代>

40代という人生の峠にさしかかり、健康・体力を改めて考えなければということで、練習量を増やそうと悪あがきしてみるも、どちらもいかんせんひとりで黙々とやるストイックなスポーツなだけに、よほど強い意志がなければ続かない。そんなとき新しい刺激を求めて、92年の市民ロードレース(5Km)に初めて出場してみたところが、なんと頭髪の薄い人とグレイの自分よりも年長者が、1・2位になっているのを見て度肝を抜かされる。そして彼等の胸には赤々と「春日部陸友会」とあった(いまさら誰のことか解説は要るまい)。人並み以上の体力はあると自負していただけに、刺激どころかショックを受けてしまう。その頃たまたま田村さんの奥さんと知り合った家内が、陸友会の話を聞いてきて、「それじゃあその内に…」と考えていると、早速新春ロードレース10Kmに出ないかとのお誘いを田村さんより戴く。「ビリにはならないから大丈夫」とヘンなそそのかされ方をされて出てみたところ、予言通りビリにこそならなかったものの、惨めなブービー(93/2/11-0:53)。そこで初めて陸友会の有志にお目にかかる。

その後日曜日の朝練に参加するようにはなったものの、あまりに格が違いすぎて、意気消沈するばかり。陸友会のレベルは、素人の新参者にとってはちょいと敷居が高過ぎて、家から大沼運動公園までの道のりがひどく長く感じられ、ついつい途中引き返そうと迷ったことも何度あったことか。それでも意を決して行けば、必ず誰かしら、私のような鈍足劣等生にペースを合わせて走ってくれるという優しさで迎えてくれる。あんたお呼びじゃないよというケーベツの眼差しにでもあったら、それこそひとたまりもなかったろうに、皆さんが励まし、うまくヨイショと乗せてくれるものだから、どうにかこうにかギブアップすることなく、続けられた。そして少しずつではあるが、練習のペースにもついていけるようになり、「ヨシ、いっちょやってみようか」という気になっていく。<再挑戦時代>

「継続は力なり」とはよくいったもので、それから約1年半後にはハーフが走れるようになり(93/11/28岩槻1:50)、続いてあの青梅に思いもよらぬ突如代走出馬(94/2/20-2:45)、今度はいつの日かフルを走ってみたいと夢が膨らみ、それがさらに1年後には実現(94/11/27筑波4:05)、ついには大胆不敵にもウルトラにも挑戦してみたいと、夢は果てしなくエスカレートしていき、昨年大方の予想を見事に裏切り完走してしまった(96/9/15八ヶ岳13:13)。こうして目標→練習→挑戦→達成→新たな目標というサイクルを繰り返している内に、忘れて久しい感激をその度に味わうことができた。陸友会の中ではいつまでもたっても、ブービーかブービーメーカーという貴重な役割を演じ続けているが、それでもこの年になっても練習の成果が記録の更新という形で報われるのは、心弾むものである。いまでは走ることにすっかりハマッてしまい、もはや生活の一部に組み込まれてしまっている。いずれは海外のレースにも参加してみたいという夢を抱いて、走り続けていきたい。<ぶり返し時代>
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(以下は2006年6月に上記に追記して、WBC-OB会報告に掲載されたもの)
上記の駄文は、自分が所属する走友会、春日部陸友会が以前出していた「なかま」というグループ誌に投稿したものですが、あれから早9年、その後も走り続けています。
遅咲きのランナーとして一時は随分レースにも出ましたが、フルで3時間半を切れずに、ピークアウトしてしまいました。
50代に入ってからはスピード・記録という面ではかなり落ちてきましたが、ウルトラマラソンは「年に一度の気力と体力の健康診断」と名付けて、継続しています。
ウルトラの世界は、他人や自己新というタイムとの競争ではなく、1日掛かりでゴールを目指す「旅」のようなものです。
また、「走力」というよりも、「総力」(内蔵も含めた総合体力+精神力)の勝負です。
私の場合、その点でバーベルクラブ時代に培った基礎体力が強みになっていると思います。
レースの3ヶ月くらい前から走り込みと筋トレに計画的に取り組んでいき、1ヶ月くらい前からはRocky-ⅣのBGMを聞いては、Combat Mindも高めていきます。
集中的にトレーニングをすることで、体重と体脂肪も絞り込め、身も心も締まります。
苦しい練習の貯金が完走によって報われた時の至福感は、えもいわれぬものがあります。
仕事でマレーシアへ行き始めた98年を除いて、過去9回出走、内8回制限時間内完走してきました。
今年は真夏の山登り、奥武蔵に再挑戦ですが、今秋から九州人になりますので、来年からは阿蘇や萩往還をメインに、せめて60歳までは続けていければと思っています。
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プロフィール

ブンガラヤ

Author:ブンガラヤ
海あり山あり田畑ありの自然豊かな田舎を第二の故郷として、半農半Xで、アンチエイジングの闘いをしています。
「年に一度の気力と体力の健康診断」として、ウルトラマラソンを走っています。戦歴;15勝5敗
道楽;野菜作り・川柳・蕎麦打ち
bungaraya;マレー語でハイビスカス

マラソン

糸島観にマラソン
2013年の予定
2月3日 糸島駅伝に志摩アスリートクラブ初参加
4月7日 さが桜マラソン(フル)
5月上旬 第6回志摩サンセットロードマラニック(50Km)
6月1日 阿蘇カルデラスーパーマラソン(100Km)
9月中旬 伊都国100Kmマラニック 
11月中旬 第4回糸島観にマラソン(30Km)

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