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玄海ウルトラマラソン

2010.09.20 21:06|ラン
2010年9月19日、通算17回目のウルトラマラソンとして、第10回玄海ウルトラマラソンを走ってきた。

6月27日のサロマで完走できなかったため、「年に一度の気力と体力の健康診断」の原則に反し、再受診することにした。当大会は、今年が最終回ということで、私にとっては最初で最後。最後の大会のため、申し込みが殺到し、私が申し込もうとした時は既にネットエントリーが不可の状況にあった。しかし、大会主催者の一人であるウルトラ飲兵衛さんから奥の手を教えてもらい、郵便振込を強行し、滑り込みセーフとなった。

前日5時から始まるコース説明会に参加するため、孫の保育園の運動会が終わってからそそくさと現地へ向かった。初めてのレースはコース不案内なため、不安である。ましてこの大会は大分厄介なコース設定になっているようなので、説明会参加は不可欠と判断した。しかし、話を聞けば聞くほど、不安になるようなものだった。6時半近くになると、太陽が沈みかけるが、それがちょうどゴールタイムだ。明日は沈む夕陽をゴールで見たいものだと心底思う。

夕食後早々と就寝する人がおり、私も7時半には横になるが、階下では前夜祭で盛り上がり、なかなか寝付けない。古い海の民宿での雑魚寝のため、安眠には程遠い環境。横になっているだけでも体は休まると思い込もうとするが、睡眠不足の不安に駆られる。誰かのアラームが鳴って眼が覚めると、まだ1時。その人Tさん(九州移住後最初のレースざっといかんばいで挨拶を交わしたランザの方で、約4年ぶりの再会)は2時にアーリースタートする。その後もろくに眠れず2時には起床。最悪に近い前夜だ。2時半朝食、3時過ぎにスタート地点へ移動。正式スタートは5時だが、今回はサロマの挫折、阿蘇より厳しいとの話もあり、連敗を避け、時間内完走を確実にするために、4時のアーリースタートに加わる(参加者約170名中約70名)。

そこで3年前に萩往還を一緒に走ったS君(S社入社同期)と再会を果たす。彼はその後も萩を走り続け、また玄海も5回目というので、最初だけでもくっついていこうと思う。空を見上げれば、満天の星。今日も好天のようであり、予想最高気温30℃以上が気にかかる。宮地嶽神社の鳥居の前で集合写真を撮る内にS君を見失い、信号が変わったらスタートというアバウトさで、レースが静かに始まる。

3人に1人くらいは懐中電灯を手にしている。私も萩同様持参も考えたが、最初の1時間半程度しか使わないし、邪魔になるからと、他人の明かりを頼りにする。ただ走り始めて小1時間もしない内に、集団がばらけ、峠を登り始める頃には、気が付けば暗闇をひとりで走っていて不安になる。そこで、前方にかすかにホタルの明かりのように見えるランナーを見つけ、追いついて暫しコバンザメになる。それからいきなり第1の峠(標高約200㍍の見坂峠)越え。

次はコース上最高峰の25Km地点の間夫峠(標高約440㍍)。登りに入る前に、自販で新たに飲物を調達し、ウエストポーチへ突っ込む。メジャーな大会は大体5Km間隔でエイドがあるが、本大会は固定エイドが数か所しかないというので、最初からペットボトルを携帯。実際には私設エイド・移動エイド等もあり、メジャーな大会に遜色のない充実ぶり。ただ、エイドが確実に一定の距離間隔でないというのは不安なもの。実際相当の距離でエイドがないところもあり、やはり飲物は必携。この暑さの中では、飲むばかりでなく、頭や首にかけるのにも有効。

中間地点の手前のトヨタ工場に大きめなメジャーがあり、暫しの休憩を取る。ただ、サロマの失敗もあり、長居は無用と後にする。説明会では、本大会の実質的な中間点は65Km地点といわれていたこともあり、約半分走ったという思いはない。それまでは幸い雲も多く、懸念したほどの高温でもなかったが、徐々に残暑が牙をむき出してくる。その後第3の峠(約52Km地点の赤城峠・標高約170㍍、Yさんの私設エイド)・第4の峠(約64Km地点の地蔵峠・約標高約180m)もほとんど歩かずに越える。このあたりは、日頃のアップダウントレーニングの成果が出る。

前半の「山の部」が漸く終わり、後半の「海の部」に入り、玄界灘の海辺を走る。それまでのアップダウンと打って変わって、フラットで単調さに飽き飽きする。するとまた山登りが待っている。最後の峠(80Km地点手前の成田不動尊・標高約200㍍)も最後まできっちり走って上り切る。このあたりでなんとか時間内完走ができそうだと思い込む。ところが、だらだらと続く長い下りを走っていく内に、両手が痺れが出始め、膝ががくがくしてくる。やはりアップダウンの繰り返しで、相当身体が痛めつけられていたのだろう。我ながら信じられないことだが、下りで相当時間歩いてしまう。タイミング良く、家から電話が入り、孫と家内から元気をもらう。不思議なことに、その間に痺れも消え、走りを再開する。

下り切って海に出たところで、85Km、残り時間2時間。ペースが落ちてきているだけに、時速7.5Kmはかなり厳しい。最後に未経験の砂浜ランが控えているだけに、できるだけそれまでに挽回しておかねばと思い、動かぬ足を腕振りで補い、92Km地点のYさんの第2エイドを目指す。最後の力を振り絞って懸命に張ったつもりだったが、そこで残り1時間。まだ可能性が残されていると己を鼓舞し、時間を惜しんで、水1杯飲んで、勢いよく砂浜に飛び出す。

しかし砂浜ランは想像以上にハードだった。3Kmの内、1~2Km走ったところで、前を走っていた女性が歩き始めたのを見て、彼女もあきらめたかと、張り詰めていたものがプッツリと切れてしまう。もはやこれまでかと、時間内はギブアップして、沈みゆく夕陽を見ながら、波打ち際を砂に足を取られながら歩く。途中抜いていった常連さんは「これが玄海だ」といっていたが、聞きしに勝る過酷さ、最後に飛んだ落とし穴だ。こんな企画をした主催者が恨めしく思えた。

長いビーチウォークが終わった頃には、残り5Km・30分弱。せめて最後まで走り抜こうと気持ちを奮い立たせて、走り始める。最後の97Km地点のエイドも店仕舞いしていたが、水を飲ませてくれる。あと2Km強と思われるところで、時計は無情にも6時半をさしており、改めてガックリする。日が暮れて、どんどん暗くなっていく。最後は足元が時折ふらつくくらいの疲弊ぶり。すっかり暗くなってしまったが、ゴールが近づくにつれ、激励の声援が増えてくる。時間外にも関わらず、民宿前のゴールでは大勢の方々に温かく迎えられ、感激した。東京のUMMLer Cさんが握手の手を差し伸べてくれる。

これで今年はサロマに次いで、時間内完走ができず、初めての2連敗、初めての時間内完走ゼロの年になってしまった(通算成績13勝4敗)。ただ、今回は持てる力を出し切り、完全燃焼した思いがある。そして非常に厳しいコースを、時間外とはいえ、最後まで走り切ったという、充実感・達成感だけは十分味わうことができた。ウルトラを走り始めた頃は、翌日はまともに歩けないような状態だったが、その後そういうことはなくなってきていた。しかし今回は翌朝足腰が悲鳴を上げ、階段の上り下りに苦しんだ。苦しみと喜びは紙一重だ。

今回実は阿蘇の制限時間13時間半を目標に計画を立てていたが、それどころか14時間半もクリアできなかった。悔しくないか言われれば悔しい。しかし不思議と敗北感はない。年を重ねるにつれてハードルは高くなってきているが、来年も阿蘇に挑戦したい。
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プロフィール

ブンガラヤ

Author:ブンガラヤ
海あり山あり田畑ありの自然豊かな田舎を第二の故郷として、半農半Xで、アンチエイジングの闘いをしています。
「年に一度の気力と体力の健康診断」として、ウルトラマラソンを走っています。戦歴;15勝5敗
道楽;野菜作り・川柳・蕎麦打ち
bungaraya;マレー語でハイビスカス

マラソン

糸島観にマラソン
2013年の予定
2月3日 糸島駅伝に志摩アスリートクラブ初参加
4月7日 さが桜マラソン(フル)
5月上旬 第6回志摩サンセットロードマラニック(50Km)
6月1日 阿蘇カルデラスーパーマラソン(100Km)
9月中旬 伊都国100Kmマラニック 
11月中旬 第4回糸島観にマラソン(30Km)

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